2011年8月に北朝鮮の金正日総書記(当時)がロシアのメドベージェフ大統領と会談し、両国で共同の特別委員会を設置して韓国とも協議しながら、ロシアと朝鮮半島を結ぶ天然ガスパイプラインの敷設を検討することで合意しました。これに先立ち2008年9月、韓国の李明博大統領がメドベージェフ大統領との間で合意(2011年11月に再び合意)していたことから、天然ガスパイプラインの敷設に向けて地政学的リスク(北朝鮮という政治的な障害)を払拭できたと見做されています。
ロシア国内では、サハリン~ハバロフスク~ウラジオストク間のSKV天然ガスパイプラインが2011年9月に完成しています。また、ヤクーチャ~ハバロフスク~ウラジオストク間のYKV天然ガスパイプラインが2016年の完成を目指しています。朝鮮半島向けに延伸した場合、全長が約1100km、そのうち北朝鮮領土内の区間が約700kmとされており、天然ガス供給量100億m3/年と見込まれています。北朝鮮側は、天然ガスパイプラインの敷設に出資する意向を示していないものの、領土内にパイプラインを通すことについて許可する用意があり、パイプラインに必要な用地を提供する見返りに借地料や通過料(天然ガス輸送料又は現物支給となる天然ガス火力発電所の建設)を受け取る目論見です。これまで日本と同じく船舶による液化天然ガス(LNG)輸入を基軸としてきた韓国側は、ロシア産パイプライン天然ガス(PNG)を加えた二本柱による盤石な「天然ガス・デュアル供給システム」を確立したい狙いです。中長期的な天然ガス市場形成において原油価格と連動して高騰するLNG価格に依存せず、より低廉なPNG価格を反映させたい意図が窺い知れます。
SKV・YKV天然ガスパイプライン

<出所>ガスプロム
2003年以降、ロ韓の国営企業(ロシアのガスプロムと韓国ガス公社)が朝鮮半島向け天然ガスパイプラインの敷設主体となり、北朝鮮を迂回する海底パイプラインも含めたルート選定作業を行ってきましたが、北朝鮮による核開発や2010年3月の韓国海軍哨戒艦「天安」沈没事件、同年11月の延坪島砲撃事件等で南北関係に緊張状態が続き暗礁に乗り上げ、実現性に乏しいと判断されていました。ところが、2011年8月のロ朝会談によって北朝鮮側が前向きな姿勢を示したことから、最短ルートであるウラジオストク~北朝鮮~韓国間の朝鮮半島縦貫天然ガスパイプライン構想が急浮上した模様です。
朝鮮半島縦貫天然ガスパイプライン構想

1990年にも韓国の盧泰愚大統領(当時)が訪ロした際、同行した韓国財閥の鄭周永・現代グループ名誉会長(当時)がロシア極東地方~朝鮮半島東岸~韓国の首都ソウル~釜山に至るルート(上図)をロシア側に提案しています。
北朝鮮は、慢性的なエネルギー不足に陥っていることから天然ガスパイプラインを拒む理由が本来ありません。しかし、北朝鮮が政情的に不安定なこともあり、近隣諸国と外交摩擦が生じれば天然ガスパイプラインのバルブを閉めるという暴挙に出ることが懸念されています。ただ、仮に暴挙に出たとしても天然ガスパイプラインによる供給量が100億m3/年であり、韓国の年間消費量の5分の1程度に過ぎず影響は軽微と見られています。生殺与奪の権を握ったかのように見える北朝鮮も通過国としての信認を失い、貴重な外貨獲得手段である天然ガスパイプラインによって得られる収入(年1億~2億ドル)も放棄することとなり全く得策ではありません。また、パイプラインから天然ガスを抜き取る行為も懸念されますが、北朝鮮が天然ガスパイプラインの敷設に出資しないため、北朝鮮領土内のパイプラインはロシア(ガスプロム)の資産となります。北朝鮮がロシアの厳重な管理・監視体制のもと抜き取りを敢行することは困難でしょう。
そもそもパイプラインによる天然ガスの供給国と需要国とは、お互いに相手を裏切ることが出来ない性質を持っています。これをパイプラインにおける「相互確証抑制(MAC:Mutual Assured Control)」といいますが、軍事用語の「相互確証破壊(MAD:Mutual Assured Destruction)」を捩ったものです。つまり、冷戦時代に米ソが共に相手国を滅ぼすだけの核兵器を保有していたが故に、お互いに使用することを躊躇し、結果的に核戦争が起こらなかったことと同じです。移動しづらい定置の地下埋設物であるパイプラインが一旦敷設されれば供給国も需要国も簡単に相手国を変更することが難しく、相互依存関係を解消することが不可能であるため、結果的にパイプラインが政争の具とならず地域の安定装置として機能するというパラドックス(逆説)が成立します。
天然ガスパイプイラン網が発達した欧米では、PNGとLNGが鬩ぎ合い、柔軟かつ機動的な天然ガス貿易が展開されています。韓国は、LNG受け入れ基地と結ばれた国内の天然ガスパイプライン網が張り巡らされており、ロシアからの国際パイプラインに繋ぎ込む体制が整っています。将来、ロシアと朝鮮半島を結ぶ天然ガスパイプラインが完成すれば韓国の釜山から対馬海峡を越えて日本の九州地方北部まで延伸する計画も現実味を帯びることでしょう。そして以前、私が提唱した「エネルギー版日本列島改造論」が具現化するものと期待されます。
韓国の天然ガスパイプライン網とLNG受け入れ基地

<出所>(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構
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