グローバル化の進展に伴い結婚する日本人の20組に1組が外国人との国際結婚となっている一方、外国人との結婚の破綻、つまり国際離婚も1992年の7700件から2009年に1万9400件と軒並み増加の一途を辿っています。国際離婚が成立した際、国家間の不法な子ども連れ去りを抑止することを目的に1980年に採択され1983年に発効した『国際的な子の奪取の民事面に関する条約』、オランダのハーグ国際私法会議で採択されたことから通称『ハーグ条約』について、日本の加盟を巡り推進派と慎重派で国内を二分する大論争が巻き起こっています。
<出所>厚生労働省「人口動態統計」
推進派は、国際離婚時に一方の親が子どもを無断で海外へ連れ去り、もう一方の親に子どもを面会交流させないなど拉致紛いのトラブルが発生していることから、ハーグ条約が解決に向けた国際ルールとして重要な役割を果たすものと期待しています。ハーグ条約では、加盟国間で親が海外へ子どもを連れ去った場合、迅速に子どもの返還(連れ戻し)を請求でき、身勝手な親による子どもの連れ去り抑止に寄与します。また、ハーグ条約は、欧米など先進国を中心に84の国と地域が加盟しており、日本人がハーグ条約に関係したケースも外務省公表ベースで64件に上っていることから、先進国である日本がハーグ条約に加盟していないことは相応しくないという見解です。
ハーグ条約に加盟した外国で離婚した日本人が外国人の元配偶者に無断で子供を日本へ連れ帰った場合、子どもが「奪取」されたにも係わらず日本がハーグ条約に加盟していないため、子どもの返還を請求することが難しく“逃げ得(連れ去り勝ち)”になることが問題視されているほか、日本へ「奪取」された子どもに対する救済手段もないため、子どもを連れ去られた側が泣き寝入りを強いられることから、国際離婚時に外国の司法当局は、現地の日本人に親権を与えることに慎重にならざるを得ない事情があります。
慎重派は、日本がハーグ条約に加盟すると子どもへの虐待などドメスティック・バイオレンス(DV)被害等に遭った子どもの身の安全を確保するため日本へ命辛々連れ帰った場合でさえ相手国から子どもの返還請求があれば強制的に連れ戻されることになり、子どもが再びDV被害等の危険に晒されることから、DV被害等に遭っている親子にとって理不尽な仕打ちとなることを懸念しています。DVを犯した非道な元配偶者からハーグ条約を根拠に「子の奪取」と訴えられ誘拐犯として国際指名手配された挙句、何の罪もない子どもを“強制送還”せねばならない悲劇が起きる訳です。また、ハーグ条約に当初から加盟しているスイスでは、スイス人の妻と豪州人の夫との国際離婚トラブルで、スイス人の妻と平穏に暮らしていた子どもの返還を申し立てた豪州人の夫に、妻が已むなく子どもをハーグ条約に従って戻したところ、夫に養育能力がなく、子どもが里親に育てられている事実が発覚し、ハーグ条約の運用上の欠陥を露呈しました。
子どもに重大な危険が及ぶ場合は、例外的に返還されないという規定がハーグ条約の第13条第1項bにあるものの形骸化しており、実際はDV被害というべき事案であっても、返還の例外と見做されない厳しく過酷な現実があります。これには、慣れない外国の裁判所に訴える法的手続きやDV被害を立証する難しさも影響しています。縦しんば裁判となっても、言語の壁や日本への偏見、高額な弁護士費用など金銭的負担が嵩み、子どもの親権を奪い返すことは至難の業です。そして何よりも、特に欧米において離婚しても共同親権(子どもを両親で育てること)が良いという慣習があり、日本で当たり前の単独親権(母親が育てるケースなど両親から子どもを切り離すこと)は違法と解釈されることが多いため、日本人親が裁判で勝訴する可能性は低いと見られています。よって、現行のハーグ条約に、日本が加盟することのみを強く求められるまま“外圧”に屈する形で受け入れることを憂慮しています。
ハーグ条約未加盟によって子どもの連れ去りを助長し、親子の自由な面会交流を妨げて子どもの権利侵害に繋がると主張する推進派と、ハーグ条約未加盟によってDV被害等から保護されていると主張する慎重派、真っ向から対立する双方の主張を斟酌すれば現行のハーグ条約に加盟することは拙速で時期尚早といえるでしょう。日本では、外務省が2009年に「子の親権問題担当室」を設置し、ハーグ条約に関係した日本人から日本のハーグ条約加盟についてアンケート調査を実施したところ、賛成22件(56%)・反対17件(44%)と賛否両論が拮抗する結果となりました。その後、米国やフランスが相次いで日本のハーグ条約早期加盟を決議したことを受け、そのまま棚上げにすれば外交上の火種になりかねないと焦った民主党政権は、ハーグ条約への加盟を2011年5月20日に閣議了解しており、5月26日からフランス北西部のドービルで開催される主要国(G8)首脳会議(サミット)で米国やフランスなど各国首脳に加盟の旨を伝え、今秋の臨時国会で承認を得たい考えです。
まずは、ハーグ条約の実態把握と運用上の欠陥を洗い出し、次に、ハーグ条約を補完するための国際離婚におけるDV被害等に関する特別措置法や国際離婚後に共同親権を行使するための民法改正(但し、日本人の家族観が損なわれる可能性に留意を要する)など国内法を整備してからハーグ条約加盟への国際交渉を慎重に進めていくべきであると考えます。並行してハーグ条約加盟後の相談窓口となる専門家の育成や国際結婚する日本人にハーグ条約の存在を認識させ注意喚起する広報活動も必要です。ただ、如何してもハーグ条約の全文に納得できず受け入れ難いとなった場合には、高度な政治判断を迫られることから、2003年に米国とエジプトが二国間で締結した事例等を参考に、国際離婚の件数が多い米国等と個別にハーグ条約に類似した取り決めやルール作りを行っていくなど柔軟な姿勢で対処することが妥当であるように感じます。




